『出現する未来 Presence』を読む

過程を書き残す価値

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西洋の知性が東洋の知から学ぶ

この『出現する未来 』は『学習する組織――システム思考で未来を創造する』のピーター・センゲ、『U理論――過去や偏見にとらわれず、本当に必要な「変化」を生み出す技術』のオットー・シャーマーたちが「世界―組織―自己を再創造する能力」を考えた本。ツクルバの人事、藤田さんに勧めていただき即座に読んだがやはり面白かった。

西洋的な考え方(合理、科学、資本)の人からすると、深すぎて理解できない、オカルト的で胡散臭い感じがする、抽象的すぎて捉えようがない、と感じるかも知れない。

逆に東洋的な考え方(仏教、儒教、道教)の人からすると、浅すぎて価値がわからない、無理に理論に落とそうとしている、いまごろ何を言ってるんだ、と感じるかも知れない。

しかし、どちらも捉え損なっている。この本の価値は、西洋の知性たちが、東洋の知から学ぼうとしている動的な過程を書き残したことにこそあるのだ。(『知識創造企業』で西洋と東洋の知識を統合しようと試みた野中郁次郎がこの本の監訳として関わっているのも過程としてとても面白い。)

 

禅とのすれ違い

興味深かったのは禅の南懐瑾老師の話だ。オットー・シャーマーは禅の教えと自身のU理論が似ていることを知って興奮し、老師に問う。

まずスピードを落とし、自分自身と世界を深く見つめ、出現しようとするものと一体となる。そして、新たな行動力、創造力をもって世界に戻ってくる。

老師の教えをこうまとめてもいいでしょうか?と。これはオットーのU理論そのままなので、誘導尋問に近い聞き方だ。きっと必死だったのだろう。すると、老師はこう答える。

それは自分の考えを正確に解釈している。だが、解釈はひとつじゃない

おそらく、年齢を重ねた時に、違う解釈に到達するだろう

まるでがんばった子供を優しく宥める大人のようだ。そして言い方は柔らかいが戒めを与えている。南老師の言葉を私はこう解釈した。

オットーが言っていることは所詮一解釈でしかない。そして静的な言葉は解釈しかできないのでそれで良い。つまりオットーがどんな理論を述べたところで老師の反応は同じである。解釈は受け取り手の成熟によって動的に変化する。だからオットーは違う段階に達する希望はある。深めよ

この解釈も私の成熟によって変わるし、私の書いているこの文の解釈も読み手の成熟によって変わる。南老師の教えはここにあるのではないか。ものの見方の土台を崩すことこそ禅だからだ。

老師の話をオットーから聞いたベティ・スーの反応は、いかにも典型的な西洋的知性で(かつ私の友人の女性コンサルタントによく似ているので)ちょっと笑ってしまった。

ひとつの疑問を追いかけて、ある地点に到達すると、そこにはずっと前に到達した賢明な人たちがいる。それに気づくのは素晴らしいことだわ。
でも、もうひとつ大事なことがあると思う。

処理して流している(深まっていない)。もう少し味わったり葛藤したりすれば良かったのになあ。勿体無いと残念に思う。しかし西洋と東洋の溝はそう簡単には埋まらない、それが当たり前なのだ。南老師は冷たく告げる。

すでに一九四〇年代には、大乗仏教、小乗仏教、タントラ仏教、瞑想による精神性の解放を求める西洋人が少なくなかった。だが、核心には至らなかった。人間性とは何か、生命の源はどこにあるのか、何のために生きるのかを問うことがなかったのだ。

予想する展開にはならないだろう、と。

 

私の知っている老師たち

さて、この本で扱っている領域の老師を、私も2人知っている。1人目はリクルートLDPマスタートレーナー三輪昌生さんだ。

「三輪さん、なぜあんな介入をしたんですか?あの瞬間に場が変わったのですが」
それは、私にもわかりません
「・・・」
みなさんが、私をそうさせたのです

三輪さんはただそこに三輪さんとして存在出現するに任せた。そして場が変わった。まさにPresenceである。

三輪さんと共にいるとこんな不思議なシーンに何度も出会う。「アートとサイエンス」で「個と組織を生かす」ために何十年も実践し磨き続けてきたその知恵が、日本の『出現する未来』のためにますます重要になるはずだ。

2人目は、ユング派心理学者の河合隼雄だ。河合隼雄については以前書いているので、ここでは少しだけ触れて終わりにしたい。

カウンセリングとは「治す」ものではなく「何もしないことに全力を尽くす」というその凄み。それは科学信奉の強い戦後の日本では「あいまい」と非難されてきた。

「あいまい」ではあるが、そのあいまいさに相当自信をもっていると言っていいでしょう。その自信は、私が三十年にわたって日本で分析を続けてきた経験によって支えられています。多くのクライアントによって、私は相当に鍛えられたと思っているのです。

私はコンサルタントとして人事としてまだ16年の経験しかないが、この感覚はわかる。私にとって河合隼雄は人と向き合う姿勢の元型である。

 

書き残すことが価値

やはり実践を通じて、深め続けるしかない領域なのだと思う。言葉にすれば失われる知恵だ(禅の言う不立文字)。しかしその過程が残っていると、後世の人たちが参考にできて動きやすくなる

『出現する未来』はピーターやオットーたちの旅の記録だ。とても面白くありがたい内容だった。

こういった経験は、人と場所を変えて何度も同じようにグルグルと繰り返されるだろう。しかし書き残された知恵があれば、少しずつ螺旋の成長を遂げるはずだ。

書き残して欲しい。できれば人としての葛藤とともに。そして、私も。

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