青山拓央『幸福はなぜ哲学の問題になるのか』を読む

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幸せって何だっけ?

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幸せを目指す企業アカツキ

アカツキに入社してから、幸福について考えるようになった。

アカツキCEO塩田元規さんは、若い頃にお父さんを亡くし自分もいつか死ぬのだという現実に直面した。そして生きているうちに「元規の元気で世界を元気に」しようと決めたそうだ。学生時代には「ハッピーカンパニープロジェクト」と名打って世の中や会社を幸せにしている企業の経営者にインタビューしてまわり、そのときに受けた薫陶がアカツキ創業のきっかけに、そしてアカツキの組織づくりの根幹となっている。

アカツキのミッションにはこう書いてある。
「私たちは、会社の存在理由は、突き詰めて考えれば、事業活動を通して、社会をより幸せにしていくことだと思います。そして、そのプロセスの中で、私たち自身も、毎日ワクワクし、人間として成長していくことで、幸せになっていくことが大切だと信じています。」

ミッションとは組織の使命だ。変わらない一貫性が世の中の、そしてメンバーの信頼を生む。創業者たちが信じていることを私もブレずに追い求めたい。

さて、そう考えたときにアカツキで頻出するキーワード「幸せ」に俄然興味が湧いてきた。

幸せっていったい何だろうか?

 

ポン酢しょうゆのある家

明石家さんまはテレビCMでこう歌っていた。
幸せって何だっけ?何だっけ?
ポン酢しょうゆのある家さ
♪ポン酢しょうゆはキッコーマン

ただの醤油のCMソングのようだけれど、実は幸せの本質が含まれていると思う。1980年代当時はバブル全盛期。おなじテレビCMでもリゲインは「24時間戦えますか」と歌っていた時代である。
日本航空機墜落事故を便の変更で偶然免れ「生きてるだけで丸儲け」という名言を残した明石家さんま。彼が歌う「幸せって何だっけ?」は小学生だった私の胸にも響くものがあった。

ポン酢しょうゆのある家。
それは家族で鍋をつつく習慣のある家。

確かに幸せかもなあ、と多くの人が受け止めて、この歌はヒットした。

さて、お立ち会い。明石家さんまが幸せはポン酢しょうゆのある家だと歌うのは良い。しかし「家族の団欒、それこそが幸せである」と言い切られるととどうだろう。すごく気持ち悪いのではないだろうか。暗にそういった家族を持ってないあなたは幸せではない、と人生を否定されているかのような。

そこで「いや、絶対的なものでない。人によるのだ」と言われてもなんだか腑に落ちない。だって自分も確かにポン酢しょうゆの家族に幸せの匂いを嗅いだのだから。

 

幸せをどう捉えるか

幸せは、定義されると気持ち悪い。そして、人それぞれだ、と言われても腑に落ちない。そんな性質を持っているようだ。

幸せは、捉えにくい。それは、なぜか。

青山拓央『幸福はなぜ哲学の問題になるのか幸福とは何かを、そしてなぜその問いに十全な答えがないのかを考えさせてくれる哲学の本だ。上の問いに取り組む道筋を見せてくれた。

 

幸福についての問い

  1. 幸福とは何か
  2. いかにして幸福になるか
  3. なぜ幸福になるべきか

幸福について少なくともこの3つを問うべきだと著者は言う。この3つの問いはつながりあっていて、どれかに答えようとすると他の問いにも答えることになる。一番知りたいのは2だが、そのためには1が必要になり、1に誠実に取り組むとそこだけで時間切れになる(近年の心理学はあえて1を不問にして2に取り組むことで成果を上げつつある)。

3は一見自明で答える意味のない問いだが、具体的に何が幸福かを考えると、それがなぜ必要かを個別で問わなければならなくなる(例えば健康や金持ちになることが幸福だという主張には、なぜ健康や金持ちにならねばならないかを問いたくなる)。

 

現代哲学における幸福の議論

  • 快楽説(主観)
  • 欲求充足説(主観)
  • 客観的リスト説(客観)

現代哲学には「幸福とは何か」を考える代表的な説が3つある。快楽、欲求の充足、客観的な幸せ、それぞれは共振しており同時に実現させることを多くの場合、人は無意識的に狙っている。

しかしこの3つを満たすものが幸せだと単純には言えない。例えば主観的に幸せであっても客観的に不幸なこともあり得る。病気によって知能が幼児まで後退した成人男性がおもちゃで遊んでいるとしよう。いかに本人は満ち足りて幸せを感じていても、周囲の多くは彼を幸せだとは思わないだろう。

 

幸福の区分

  • 充足
  • 上昇

世の中には「いかにして幸福になるか」が書かれた本が多くあるが、充足と上昇の2つに分かれる。

充足は、今あるものの価値を認識し味わうことで満ち足りた気持ちになること。上昇は、収入や地位、技能や健康状態などを向上させること。世界の見方を変える方法と、世界のあり方を変える方法である。充足だけでは社会を良くする原動力は失われ、上昇だけでは何かに追われ続けて疲弊してしまう(東洋と西洋の特徴にも思える)。

その丁度良いバランスを取る方法を、アリストテレスは「中庸」と言った。それは実践的な習慣の洗練によって得られるものだ。

ある人にとって最適な上昇と充足とのバランスの取り方は、その人固有の資質や環境や運に大きく左右されるため、日々の成功と失敗の中で習慣を洗練させていく以外に、良いバランスの取り方は見つからない

ここまでが、この本の「はじめに」に書いてある内容である(濃い!)。

 

感想

著者の青山拓央さんは私と同じ年齢のようだ。40歳代というのは「結果論にも夢物語にもならず幸福について考えることができる、望ましい年齢」と感じてこの本を書いたとのこと。

ミヒャエルエンデ「モモ」、宮崎駿「風立ちぬ」、手塚治虫「火の鳥」、筒井康隆「モナドの領域」など青山さんが引いている作品が一つひとつ私の琴線に触れ、勝手にシンパシーを感じる。

出会うべき時に、良書との出会いがある。これこそ俺の幸せだなあ、とつくづく思うのだ。

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