山田ズーニー『おとなの小論文教室。』を読む

表現する自由

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伝えると伝わるの違い

ほぼ日で毎週水曜日に連載している山田ズーニー『おとなの小論文教室。』は、考えること、表現することを教えてくれる。

ズーニーさんは元々ベネッセで小論文の通信教育教材を企画編集していた方である。それだけに、その内容は磨かれていて面白い。

私が特に好きなのは『Lesson313「私を見て」という表現』だ。伝えると伝わるとの違いはここにあるのだと深く納得した。

伝わる表現は、どこか「潔さ」がある、ということだ。
表現をする前の段階までに、あるいは表現をすることで、「捨てる」ということが、うまくできている感じがする。
逆に、伝わらない表現は、この「捨て」がうまくできない。

 

表現されなかった思い

一方で、ズーニーさんは表現されなかった隠れた思いに対しても真摯だ。『Lesson215 言葉化しなかったもの』にはこう書いてある。

人が言葉を発するとき、たとえ、その場にふさわしくない発言でも、だれも求めていなかったとしても、稚拙でも、そのとき、その人が、それを言わざるを得なかった背景があるのではないか?
いいや、むしろ、その場にふさわしくなく、はずれてたり、唐突な発言ほど、その人が、そのとき、それを言葉にせざるをえなかったなにか強い衝動が隠されていると思う。もっと人の言葉に真摯になりたい。

 

生き方そのもの

話は表現の枠を超えて、生き方そのものに進む。『Lesson644「誰かのせいで何かができない」と言わない自立』を見てみると。

自立とは、誰かのせいで何かができないと言わないこと。
(中略)
「誰かのせいで自分が何かができない」と言っていないか?誰かとの関係解決に、必要以上に、とわられたり、こだわったり、執着していないか?
と考えて、「自分を生きる」にシフトしていきたい!

執着から解放されて自分を生きる、これはもう、解脱の話である。小論文教室の枠を大きく飛び出している。いったいこの連載はなんなのだろうか。やはり表現を考え続けていくと、人生そのものを考えざるを得ないのだろうか。

 

表現する人の味方

そして、ズーニーさんは表現する人の味方だ。「伝わる・揺さぶる!文章を書く (PHP新書)」は表現すること、伝えることを力強く支えてくれる名著だと思う。

あなたには書く力がある

この言葉にどれだけ励まされてきただろうか。書き残すことには価値があると信じていても、伝わらなかったときに負う傷は痛い。自分の存在が否定されてしまったように感じるときもある。

ズーニーさんの文章は「生身」だ。ご自身がその人生で示した道を体現しているその軌跡だ。

正直という戦略をとるのは「自分の考えで人と関わる自由」を求めているからだと言う。そう、ズーニーさんは傷だらけだが強く、そして自由を感じさせてくれるのだ

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