『空の思想史』を読む -否定からの再生を信じるアンラーニング・自己組織化としての空-

空とは何か?

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空の移り変わり

立川武蔵『空の思想史 原始仏教から日本近代へ (講談社学術文庫)』は、ヒンドゥー哲学、インド仏教、チベット仏教、中国仏教、そして日本仏教へ「空」の思想がどう移り変わってきたかという本だ。とても面白かった。

自分が仏教徒であることを認識すらしていなかった私にとって、仏教は葬式のときにしか姿を見せなかった。しかし元来、釈迦は僧たちに葬式を禁止していたくらいで、原始仏教と葬式はさして関係がないのだそうだ。矛盾が目につく日本仏教。やはり複雑で難しい。

しかし理解するためのヒントは見えてきた。それは「一切が空」。にこそ仏教のキモがあるはずだ。

松岡正剛の『空海の夢』によれば、世界との合一(梵我一如)を目指し、意識をコントロールするため、自我を消し去る(空じる)ことであった。

中村元の『龍樹』によれば、すべては関係性からできており(縁起)、それ自体は存在しない(空性)ということであった。

 

否定を通じての再生への信仰

すべては空しい。思えばなんてラディカルな考え方なのか。空の思想は、どこからきて、なぜ日本で根付いたのか、今のわれわれにとってどんな意味があるのか、そんなことを考えながら読むには『空の思想史』は最適の本であった。

今日、われわれは世界をどのようなものと考えるのかという問題に直面している。(中略)世界が否定され、また再生され、また否定されていく。そういった不断の否定作業の中に、仏教の伝統は現世の浄化を進めてきたのである。(空の思想史 p333)

空とは「否定を通じての再生への信仰」だと言っている。松岡正剛も空とは動的な「空じる」という動詞だ、と言っていた。空をただの「否定」と同じと思ってはいけないようだ。

また龍樹も自らの考えは持たず他者を否定するだけの『破邪の論法』を用いていた。

日常のわれわれの生産活動や営業活動においては、より効率のよい生産を目指すゆえに、より合理的な手段を用いて、よりよい結果を生むことを目指している。このような自己本位的な行為に対して、仏教は根本的な疑問を投げかける。そういった人間のあり方が、本当に人間を幸せにするかどうかはわからないからである。(同p334)

なるほど。疑問には完全に同意だ。論理でない世界への強い希求が私にもあって、だからこそ仏教に興味をもったのだ。

しかしそうだとすれば、我々はどうすれば良いのか。否定し続けることで本当に再生が起きるのだろうか

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否定の先にあるもの

これはリクルート大沢さんの、組織活性化で重要なのは『カオス』である、という主張に通じているのではないか。大沢さんは『心理学的経営』の中でこう言ってる

秩序を作って秩序を壊すエネルギーこそが、活性化の源泉である(下図参照)。

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秩序と無秩序の循環のプロセス

活性化は自己否定から始まる。自己否定とは、既成の価値体系や暗黙の行動規範への疑問の提示、過去の成功体験の否定、現状の厳しい批判である。学びの前に前提を崩すアンラーニングの手法だ

自己を否定しカオスに身をさらせ」これが大沢さんの教えである。人間はそのカオスを秩序に変える回復する力を持っている(認知的不協和の理論)、それが組織活性化の原動力(自己組織化)であると。

 

インドの空、日本の空

空は、インドでは否定の意味が強く、中国・日本に近づくにつれ再生の意味が強くなっているのだそうだ。

「色即是空 空即是色」という有名な般若心経のフレーズも、インドでは「色や形のあるものは無常のものである、ゆえに執着するな」という意味だったが、中国や日本に伝わると「色や形のあるままにもろもろのものは真実である」となったそうだ。そこには玄奘三蔵(西遊記の三蔵法師ですね)の編集が効いている。

インド的な(龍樹的な)否定の論理だけでは先が見えてこない。やはり日本人には「あるがまま」からスタートする日本的な仏教がしっくりくるように思う。

 

異文化を咀嚼して積み上げる

いま、横で次女がスマホで「ツムツム」をやっているが、これは日本で作られたゲームだそうだ。

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次女手作りのツムツムケース

西洋のディズニーキャラクター(偶像)を自文化であるお手玉として消化し、得意なネットゲームに持ってきたのは、いかにも日本的な編集だと思う。否定の論理だけではなく、相手の上に「積み上げて」いるのだ。

松岡正剛は日本的な編集の代表例として「たらこスパゲッティ」をあげている。自分なりに咀嚼して積み上げていくことで、気付くと相手のルールの中でもうまくいっている。そんな、しなやかな進み方は、ひょっとすると釈迦の原始仏教や龍樹の大乗仏教ではなく、日本仏教にこそヒントがあるのかもしれない。

中国で花開き、日本で広まった『禅』を調べてみようと思った。禅とは「思考の足場を取り除く」ことなのだそうだ。

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