「できる限り生活を保障する」年功は、戦後日本で人を生かす合理的な仕組みだった

年功

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戦後日本企業の人材マネジメント

等級とは、社員をランキングする基準であり、その企業の人材マネジメントの思想の根本だと前回述べた。

戦後の日本企業は、厳しい経営環境の中で「社員の生活をできる限り保証する」ことを重視してきた。その思想を具現化した等級制度こそ「年功」である。

アメリカの経営学者ジェームス・アベグレンは「日本の経営 」の中で「年功」「終身雇用」「企業内組合」をあわせて、日本経営の「三種の神器」と呼んだ。

年功・職階制度の始まり

戦後の企業には「市場の要求する製品を大量かつ安価で継続的に生産、提供」することと、「社員の生活保証」とが期待されていた。

新卒中心の採用、社内での育成、必要に応じた異動や転勤による活発化、といった仕組みでその実現をはかるため、人事部に人事権限が集中した「人事部人事」体制となっていった(アメリカでもHRMとなる前のPM(労務管理)が人事部主導だったことと相似している)。

戦後からほぼ30年あまり、日本企業の多くの等級は「年功・職階制度」であった。学歴や入社年次(年功)に基づいて昇進が行われ、それに伴って部長や課長という役職位の序列(職階)があがっていく仕組みである。

 

合理的で日本に馴染んだ仕組み

よく誤解されるのだが「年功」自体は悪いことではない。戦後の厳しい経営環境の中で、少ない利益を分け合う際に、年齢の高い社員へ多くの給与を与えることは、「人」を見た合理的な判断であった。

GHQによる「職務」制度の指導もあったが、終身雇用を前提とした流動的な異動配置配属での育成を行う日本企業には馴染まなかった。「職務」ではなく、「人」を見るのが日本的だったのだ。

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GHQは「職務」を推進しようとしたが日本には定着しなかった

年功・職階制度の限界

二度の石油危機による経済成長鈍化高齢化・高学歴化が同時に進行していく中で、組織上のポジションと人材の需給バランスが崩れていった。こうして年功・職階制度の限界がくる。

本人の努力や能力に報いることが難しいこと、ポジションと処遇(賃金)が連動しているために組織変更が行いがたく、組織が硬直化してしまうことが年功・職階制度のデメリットだった。

そこで登場するのが、日本で最も長く続き、いまも多くの企業が導入している「職能資格制度」である(次回)

 

参考文献:

八代充志『人的資源管理論-理論と制度-』

根本考・金雅美『人事管理(ヒューマンリソース)』

釘崎広光『トータル人事システムハンドブック』

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テーマ2.等級

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