松岡正剛「誰も知らない世界と日本のまちがい」を読む

17歳のための世界と日本の見方―セイゴオ先生の人間文化講義』が面白かったので、続編の『誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義』を続けて読んだ。

この本に限らずだか、西洋の知、資本主義の視点だけで世界を見るな、と松岡正剛は言う。それには「まちがい」も含まれる、と。

p426 構造主義を提案したレヴィ・ストロースは『悲しき熱帯』や『野生の思考』で、「西洋の知からいったん離れなさい」「なぜなら西洋的な思考には修繕能力(ブリコラージュの能力、すなわち編集能力)がないからだ」と言いました。

「編集」こそが松岡正剛の主張だ。

p427 フーコーは何を言ったかというと、もう新しい理論はいらないと言ったわけですね。知識は十九世紀までのぶんで、もう充分にあるだろう。それを組み替え、組み立てなおしていくしかないではないか。そう、言った。これを現代哲学では「ディスコントラクション」(脱構築)ともいいますが、私からすると、つまり「編集にとりかかれ」ということです。私は意を強くしたものです。

必要な理論や知識はもう充分にある。「編集にとりかかれ」というメッセージは力強い。そうなのだ。組み立て使うことなく知識は磨かれない。時代の変化に対応し、今ここにいる相手に届けるアウトプットに変換する、編集が必要なのだ。

その編集は何に基いて行えば良いのか?ヒントは仏教。日本は、西洋的な進歩や進化ではなく「変化」を受け入れる仏教的な方法を、そもそも持っているのだそうだ。

p291 仏教思想からは、必ずしも未来志向型の進歩主義一辺倒という展望や構想は出てきません。世間に対しても人生に対しても、どちらかといえば、深く醒めてみるという姿勢が尊重されます。(中略)仏教に象徴される社会観や人間観は、私はこれからいっそう大事になっていくだろうと見ています。

ちょうど河合隼雄「ユング心理学と仏教 (岩波現代文庫 〈心理療法〉コレクション V)」を読んだ直後で、仏教との縁を感じた。うん、仏教について深めてみよう。

この本を閉じた後、Amazonで仏教について初歩的な本を調べてみる。薄くて読みやすいNHKテレビテキスト『般若心経』 をチョイスした。

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写真がくすんでいるが、抹香臭い話なのでむしろ似つかわしいかと思い、そのままにします